椿夢

昨晩から企画書を立て続けに書き綴っている。そろそろ頭がぬぺっとしてきた。これらの企画書は行政向けのもの。(数少ない)ボキャブラリーを駆使しながら綴っているわけだけどもこの手の業務はすかっとしない。書き終えた後のある種の充実感はあるけれど、それはロジカル・ゲームに収束している。

永井宏さんのa hundred poemsという本の中に「コンスターチ」という詩がある。コロッケ作りが得意な叔母さんが、おいしいコロッケを作るコツはコンスターチだと生前話していたという。
叔母さんのお骨を拾う時に「彼」は「コンスターチ」をふと想い出す。
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いまだに、そんなもの一度も使ったことはないが
子供の頃から覚え続けている生活の言葉のひとつで
他のひとには決して気づかれることなく、またこれから先も失うことのない
ふたりだけの輝きを持っている

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そんな「コンスターチ」を想い出す。

アートとかデザインとか。マチのためとか皆のためとか。実はそんなのどうでもいい。おはようって声をかけるみたいに、つくりたい。「あの人」の「コンスターチ」を残したい。ただそれだけなのに。ただそれだけのために一晩明かさなくちゃいけない世の中は、いったいどうしてつくられたんだろう。